第56章 傾城屋わたつみ楼
どうも、ここの客は金持ちの中でも金持ち…
所謂、上流のやつらが多いせいか、そういう場所に出入りをしたことのない連中がくると雅紀が言う。
しかも相手は男だしな…
皆ガチガチに緊張するから、安心してくださいと言われた。
お湯を掛けて身体を流されてる間、家のことを思い出した。
都内有数の企業体を持つ家柄。
大学を卒業して、すぐに俺は子会社の専務の職に就いた。
親族経営に疑問を持っていた俺は拒否したが、強引に押し切られた。
社会に出ていない俺なんかが専務を務めたところで、社員がついてくるわけもなく。
必死に努力して、なんとか子会社で認めて貰えるようになった頃、突然本社に移動させられた。
それが三ヶ月前
ガラガラと、今まで積み上げたものが崩れ去った気がした。
必死に努力した5年間はなんだったんだろう。
会社の皆は、本社に栄転ですねって言ってくれたけど。
返してくれよ…俺の時間…
やっと築き上げた信頼関係なのに。
俺の、仕事仲間なのに。
「櫻井様?」
「あ…」
「どうかされましたか?」
「いいや…すまない」
雅紀が手を引いて俺を立ち上がらせた。
「もう一度お湯に浸かって、温まってくださいね…」