第56章 傾城屋わたつみ楼
雅紀が出ていくと、おいらんである蒼乱と二人きりになった。
「お疲れでございますか?」
ネクタイを緩めて息を吐き出すと、心配そうに見つめられた。
「いや…こういうところは初めてで。緊張する…」
くすっと笑うと、蒼乱は俺のネクタイを取ってしまった。
「なに…するんだ…」
「こんなものしているから息が苦しくなるんです」
そう言って、折りたたんで俺のジャケットのポケットにしまいこんだ。
「さ、お注ぎします…」
そう言って、徳利を手に取った。
「いや…あまり過ごすと…その…」
酒を飲みすぎると、ここで起こったことを忘れそうで。
しっかりと記憶に残しておきたかった。
「では、湯屋にでも…」
「え?」
「お風呂…」
「風呂!?」
またくすっと笑われた。
「だってここは遊郭ですよ?櫻井様…」
蒼乱は、にたりと笑った。
でも全然下卑た笑いじゃなくて。
妖艶という言葉を思い出した。
男にこんな言葉使っていいのかわからないけど、おいらん姿の蒼乱に、よく似合っていると思った。
「男を抱くのは初めてでございますか?」
「えっ…ああ…」
「では、わたくしが教えてあげる…」
男にしては綺麗な手が、俺の頬を包んだ。
「櫻井様の初めての男になって差し上げます」