第48章 【Desire】20 玲聖さまリクエスト
早朝、市が出る。
食料も配給制になってしまって、その配給の制からはみ出したものは自由に売りさばく事ができる。
毎日、食料や消耗品が並ぶ市を見るのが、松本は好きだった。
反乱軍のコックとして、東京に駐留している。
勿論、反乱軍に配給などはないから、食料は自分たちで調達しなければならない。
大掛かりな調達は上層部から手配しているが、松本は統括付きのコックであったから、個別で食料の調達をしなければならなかった。
早い時間に市に行って、新鮮な野菜を手に取る。
統括の美味しそうに食べる姿を想像して、思わず笑みが漏れる。
「こっちのほうが甘いよ」
不意に、隣に立っていた男に声をかけられた。
男は微笑むと、松本の手に真っ赤に熟れたトマトを渡した。
政府軍の本部は、千代田区にある。
皇居の森が見渡せる場所。
玉(天皇)を抱えている限り、正規軍であるという理屈で、ここから本部を動かすことはない。
櫻井は政府軍の中尉だった。
中尉とはいえ、櫻井の存在は陸軍本部では疎んじられる存在であった。
櫻井は陸軍では少ない、融合派だからだ。
軍事政権には、必ず悲惨な終わりが来る。
早く日本を本来の文治政治に戻し、軍部は軍部で侵略戦争の抑止力になる。
というのが融合派の考えだったが、政権から退くという点で受け入れられるものではなかった。
針のむしろに座っているようなものだ。
櫻井は一時の癒やしを求めて、街に出る。
…知り合ったのが、反乱軍の幹部たちだとは、知らなかった。
彼らから有益な情報を引き出せば、また櫻井の立場も変わっていたのかもしれない。
だが、彼はそれをしなかった。
「櫻井中尉、閣下がお呼びです」
「…今行く」
参謀本部のドアをノックすると、陸軍大将が櫻井を待ち構えていた。
「櫻井…待っていた。脱げ」
「…はい…」
「相変わらず…かわいいなあ…貴様は…」
もうこんなこと、終わらせたい…
上官に身体を委ねる日々。
融合派と謗られて、そしてケツで出世したと謗られて。
軍人として正しい道とは一体なんだったのか。
櫻井にはわからなくなっていた。
そんな日々で得た友を、彼は売る気はなかった。