第36章 【Desire】8 くりんさまリクエスト
その後、学生時代にやったバイトの話で盛り上がった。
こんな話をするのは、初めてだった。
今までは仕事の話ばっかりだったから…
タバコを吸い終わって喫煙所を出るとき、俺は念を押した。
「今度の休み、空けておきますんで」
「え?いや、悪いからいいよ」
「こんだけお世話になったんです。なんかさせてくださいっ」
ふっと笑うと、突然俺の頭をくしゃっと撫でた。
心臓が飛び出るかと思った。
「じゃあ、足の踏み場作っとく」
「ええっ…そんななんですか!?」
「うん…」
ばつが悪そうに前を見た櫻井さんの横顔は、ちょっと幼くて。
なんだか笑ってしまった。
「家電はもう運び込んであるんだけどね…俺んち、荷物が多くてさ…」
几帳面そうに見えるのに…
意外な一面を見て、なんだかまた嬉しい。
クスクス笑っていたら、また頭をぐしゃっとされた。
なんか、すっごく嬉しかった。
懇親会は無事に終わって、担当者レベルで二次会に行くことになった。
店を探して、総勢10名ほどの団体は無事に居酒屋に収まった。
ここからはもう俺と櫻井さんで仕切ることもなくて、なんとか死守した櫻井さんの隣で、のんびりと酒を飲んだ。
「あ、あの…櫻井さん」
「うん?」
「連絡先、教えてもらっていいですか?」
「あ…え?まじで手伝いに来てくれるの?」
「言ったじゃないですか…俺、本気です!」
「マジか…」
もそもそとポケットからスマホを取り出すと、番号を教えてくれた。
すぐに折り返し電話を掛けると、櫻井さんは俺の番号を登録してくれた。
「下の名前なんていうんだっけ?」
「潤です。うるおうの潤」
「じゅん…」
どきっとした。
呼び捨てされてるみたいで、なんかきゅんとした。