第29章 【Desire】1 あにゃさまリクエスト
風が、身体を叩きつけるように吹いていく。
ジャケットの裾を押さえながら、ポケットに手を突っ込んでいると、背後に人の気配がした。
「誰だ?ここは立入禁止だぞ」
前を開けたブレザーの裾が翻る。
「櫻井先生…」
「大野…」
長い前髪がさらりと舞い上がった。
「…ずっと、昇降口で待ってたんだけど…来ないから…」
「ああ…悪い…」
教室で…
いつも物静かに席についているのは、こいつだけだった。
「…ネクタイ、締めろ」
「はい…すいません…」
ポケットからネクタイを取り出すと、締め始めた。
でも風に煽られて上手くいかない。
やっと上手に結べた大野は、薄く笑って俺を見上げた。
強い風が、俺達の間を吹き抜けた。
大野に近づくと、肩を押してドアの横の壁に身体を押し付けた。
「せんせ…」
「黙ってろよ」
顎を持ち上げると、唇に深く吸い付いた。
「ん…」
小さな吐息が聞こえると、俺は大野にめり込むようにキスに夢中になった。
こんなはずじゃなかった…
大学の研究室
懐かしい匂い
俺の青春の全てが詰まってる
俺の付いていた教授が、学部長争いに負けて大学を去ったとき…
俺の青春は終わりを告げた。
それまで軌道に乗っていた研究も何もかも全て投げ出して、俺は教職に就くしかなかった。
それしか…道は残されていなかったんだ…