第1章 守護者の日常
夕食を運んでいく四人と挨拶を交わしてから、束穂は軽くため息をついた。朝の味噌汁用に出汁を用意して、今日の本丸での仕事は終了だ。
刀達がやいのやいのと食事をしている間に束穂はお勝手口から出て離れに向かった。手には、自分の分の夕食を詰めた弁当箱がある。味噌汁用の一人用ジャーポットも毎日手放せない。
離れに戻って割烹着と頭巾を脱ぎ、自分のためだけに風呂を沸かす。少しだらしないが、ぽいぽいと着物も脱ぎ捨てて下着の上にTシャツをかぶれば、もう完全に「今日の仕事は終了」という状態になる。
「今日はゼリー作ってあるのよね……」
いろいろと細やかなことをするのは審神者と刀のためだけで、自分のことは適当で良いのだ。
夕食後の楽しみに、と1リットルパックのグレープフルーツジュースパックまるごとをゼリーにしてあるのは、絶対誰にも言わない秘密。
質素な畳の部屋に置いてある小さな丸卓の上には、弁当箱とジャーポットとジュースの紙パックが並ぶ。
「いただきます」
ついつい先に一口、と紙パックからゼリーをガラス皿にスプーンで移す。ぱくりと食べればほろ苦さと酸味が疲れた体にほどよく染み渡る。
「はー……」
本当は食べる前に風呂に入りたいものだが、なんだか今日は腹が減って我慢が出来なかった。一人でもぐもぐと食べながら一日のことを思い返して、それから明日のことを少し考える。
「あ、岩融さんの体に合う浴衣頼まなきゃ……採寸しないと……」
そういえば鯰尾がシャンプーを変えてから髪がきしむと言っていたらしい。風呂関係のことは束穂の範疇外で、多分審神者と買い物にいった誰かが適当に選んできたのだろうが、結局それからどうなったんだろう。
明日は遠征部隊は今日より長く出ると言っていた。そうそう、明日の非番は短刀が多いんだった。
そんなことを考えていると、風呂が沸いたことを伝えるアラーム音が耳に届く。
そうだ。しまった。自分の布団を干すのを忘れた、明日干そう。
それから……。
今日も、本丸があるこの空間は何からの干渉も受けずに安定していた。自分が「守護者」としての力を振るわなくて済むのは良いことだ。
――ああ、願わくばこのまま、自分がただの家政婦だと思われるままでいられますように――
その祈りも含めて、彼女の一日が終わるのだ。
第一章 完