第3章 忘れられない1日
しばらくお互いに口を開かなかった。
部屋の中は静まり返り、その沈黙を破ったのは紫音だった。
「…七瀬も、話してよ。」
「え…?」
「まだ俺に話せてない何か、あるよね?」
紫音が真っ直ぐな目であたしを見つめた。
やはり、紫音は気付いていたらしい。
紫音もここまでさらけ出してくれたのだ。
あたしも…話そう。
「…あたしの家、門限とか厳しいじゃん?」
「うん…。」
「あたしの父はさ、不動産会社の社長で…詳しいことは知らないけど知り合いに政治家とか警察関係者とかもいるみたいで、凄く世間体を気にするんだよね。外面は良いけど家では威圧的でさ…あたしがいい子にしてないと怒鳴ったり叩いたりするんだ。母も助けてくれない。いつも父の気が済むまで見てるだけ。」
あたしはこんな時でも笑ってしまった。
「でもね、大学卒業したら自由になれるからさ。あと3年半の辛抱っていうか…。」
「七瀬。」
紫音が険しい顔であたしを見た。
「こんな時まで笑わなくていいよ。」
紫音はあたしを抱き寄せた。
「…最初に俺の家に来た日も、家に帰ったら叩かれたの?」
「…うん。」
「辛かったね。」
優しい口調でそう言われて、もう散々泣いたからこれ以上泣きたくないのにまた涙が溢れた。
「こんな話したら、引かれるんじゃないかって…。」
「どうして?」
「だって、彼女の親がそんな人間だって知ったら…。」
「引いたりしないよ。七瀬が叩かれたりされてる姿を想像すると…苦しくなるけど。」
紫音は元彼とは違った。
同時に、本当に愛されているのだと実感した。
「早く大学卒業したいよ…。」
「…そうだね。」
「あんな家、早く出たい…。」
「七瀬が卒業したら、結婚しようか。」
「…へ?」
驚いて紫音を見ると、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
「卒業したらすぐに結婚して、家を出ればいいよ。俺それまでにお金貯めるから、七瀬と花音と三人で暮らそう。ね?」
「うん…!」
まるで、シュリと徹みたいだけど。
あたしと紫音も結婚をする約束をして、それを目標に進んで行った。
紫音はすぐにバイトを始めて、紫音がバイトでいない間はあたしが紫音の家で花音さんと過ごした。
花音さんの飲んでいる薬も全部覚えて、パニックになった時の対処法も覚えた。