第9章 決意と覚悟
決行の日は、あたしの大学の卒業式の翌日に決めた。
その年の12月、シュリは大学を中退して徹と長野で同棲を始めたと聞いた。
二人には、かけおちする事は話していなかった。
心配をかけたくないし、巻き込みたくないから。
年が明けると、あたしは父が決めた結婚相手と顔合わせをした。
疑われない様に素直に従った。
その人は悪い人では無さそうだったが、あたしの心はもう決まっているから適当に愛想笑いをしてやり過ごした。
その人には申し訳ないが、紫音以外の人と生きて行く事は考えられないから。
2月14日。
あたしの22歳の誕生日は、紫音の家で何をするわけでもなく二人で静かに過ごした。
「…もう少しだね。」
紫音と手を繋ぎ、寄り添いながらポツリ、ポツリと話をしていた。
「そうだね。七瀬、大丈夫だからね。」
紫音はかけおちする事を決めた日から、しきりに"大丈夫"という言葉を言うようになった。
あたしを安心させるため、そして紫音自身も自分にそう言い聞かせている様な気がした。
「七瀬、これ受け取ってくれる?」
紫音が鞄の中から小さな箱を取り出して開けてみせた。
それは、キラキラと光るダイヤモンドの付いた指輪だった。
「え…。」
紫音がかけおちのためにお金を貯めてくれている事を知っていたあたしは、プレゼントなんて望んでいなかった。
こうして紫音が隣にいてくれる、それだけで幸せだから思いがけないプレゼントに驚いた。
「プレゼントなんていいのに…。」
「これは、約束の証だよ。」
紫音はあたしの左手を取り、薬指に指輪をはめてくれた。
「絶対に幸せにするっていう約束の証。」
今も充分幸せなのに、嬉しいのに、胸が切なく締め付けられた。
あたしは不安なんだ。
紫音を信じているし、この決断に迷いは無い。
だけど、ずっと両親に縛られて生きてきたあたしは、その鳥籠から逃げ出す事に凄く不安を感じている。
紫音はそれを分かっている。
だから、気持ちだけでなく、言葉や行動で示してくれるのだ。
「ありがとう、紫音。」
"ありがとう"
それ以上に相応しい言葉が見付からなかった。
それくらい、紫音に感謝している。
あたしをこんなに愛してくれて"ありがとう"