第1章 常連さん_沖田総悟
「あ...、いる」
どこかぼんやりとした様子で
その人は緋毛氈に腰掛けていた。
真っ黒な隊服に身を包んだ彼は、
勤務中だというのに平然と急ぎもせず
いつものように看板メニューのみたらし団子を注文した。
あれは、一番隊隊長の沖田さん。
栗色の髪、緋色の瞳
整ったベビーフェイス。
うん、間違いない。
いつもどこからかフラッと現れて
ぼうっと店先の台に座っている。
いつの間にか、そこは沖田さんと専用の指定席いう認識が
ほかの常連客や店員にも刷り込まれていた。
こちらから声を掛けるまで、
注文をしようともしないし
店員を呼ぼうともしない。
そんな不思議なお客さん。
仮にも一隊の隊長ともあろう人が、
こんなところで油を売ってていいものなのだろうか。
そんなことを思う反面、
こうして姿を見ることで
仄かな温かさが胸に広がるのをは認めていた。
そしてそれがなんなのかも、は知っていた。
けど、そこからどうこうするなんてものは
ちっとも考えない。
あの人は、真撰組の一番隊隊長で
私は一介の団子屋お手伝い。
これから先関わることもなければ
出逢うこともないのだ。
「...ご注文は?」
来たときすぐに気づいても、
私はわざと時間を置いて声を掛ける。
だってその刹那だけが、あの人と私と繋ぐ術だから。
食べ終わってしまえば、
彼はまたすぐにどこかへ消えてしまう。
まるで餌を貰いに来る猫みたい。
そんなことを思って、つい頬が緩む。
もったいぶるように張り出したメニューを吟味して
彼は小さくいつもの、と呟いた。
それはもうお約束のやり取りだ。
「はい、ただいま」
ここに居る間は、
何もかも忘れてゆったりと安心して
時を過ごしてもらいたい。
そんな思いを込めて、ニコリと笑みを送った。
ふと空を仰いだ彼の瞳は
今日も私を視界に入れてはくれない。
それでもいいのだ。
私は注文を伝えに、店の奥へと足を向けた。