第17章 ・傘の話と見えない戦い
「ありがとう、じゃあ私ここから帰るね。」
文緒は友人の傘から抜けて鞄を頭に掲げて走り出す。バシャバシャ跳ねる雨水、当然靴に入り込んで足先はあっという間に濡れる。制服も肩のあたりがすぐに濡れ、スカートの裾も水を吸い、たちまちのうちに体全体に冷えが来るが何とか我慢した。
家に帰り着いた頃にはまさに濡れ鼠だった。更に義母や義祖母に思うより心配され、当人がするより早くほぼ強制的に風呂に入れられ着替えさせられてしまった。
何も知らない義兄の若利はいつも通りバレー部の練習に励んでいて、終わる頃には雨が上がっていた。
「雨上がったねー。めっちゃ降ってたのにさ。」
部室で着替えながら天童が言う。
「最近の天気意味不明だよな、急に降ったりやんだり。」
瀬見が呟いて山形がそれなと頷く。
「俺こないだの休みん時、天気予報晴れだったのに途中雨降ってきてひでえ目にあった。」
「そりゃお疲れだったな、隼人。」
大平も言う中、若利は黙って着替えている。ちらりと窓を見て愛する義妹は無事に帰っただろうかと考えた。朝から雨が降っていたのだ、まさか傘無しで帰ったという事はないだろうが。
勿論それはフラグだった。チームの連中とさあ帰ろうとなった時の事である。
「傘持って帰るの忘れないようにしろよ。特に天童と工ね。」
大平が言う。
「何で俺なのさ、獅音。」
「そーです、不本意ですっ。」
「天童さんはまだしもお前他に気をとられると何か忘れそうなタイプだろ。」
「白布さん、それはあんまりですっ。」
「うるさい、耳痛い。」
「山形さんはケータイ持ちましたか。」
「持ってるよ。でも何か川西に言われっとそこはかとなく腹立つな。」
若利はそんな風にチームの奴らがわいわい言っている事に静かに耳を傾け今日も平穏だなどと思っている。だがしかし、
「若利、」
瀬見に声をかけられて振り向いた若利はその片手に握られたものを見て眉をひそめた。
「うん、俺も変だと思う。」
察した瀬見が言った。
「これ文緒の傘だろ。」
間違いない、その傘の柄(え)には英字表記で牛島文緒の名前が入ったラベルが貼られていたのだから。
「何で文緒の傘がうちのクラスの傘立てに刺さってんだ。」
「文緒が間違えて入れたとかっ。」