第38章 ・義兄、遠征中の話 その4
どこだかよくわからない空間、薄明かりの中、義妹の文緒がポテポテと前を歩いている。若利はノシノシとその後を追うがいつもならすぐ詰まるはずのその距離は後もう少しの所を保ったままちっとも縮まらない。
「文緒。」
若利が呟くと義妹は立ち止まって振り向いた。振り向いた義妹は微笑みそっと両手を若利に伸ばす。若利はその華奢な体を引き寄せて自分の両腕に納める。
そこで目が覚めた。
「夢か。」
上半身を起こして同室の選手を起こさない程度に若利は呟く。起床時間にはまだ早かった。我ながら柄にもない夢を見てしまったと思う。それだけ文緒を想うようになったのだとはすぐ思い当たった。今時分愛する義妹はまだ眠っているだろう。日が昇ってもっと時間が経ったら義妹に一言送ろうと思う。義妹はきっと私は無事ですと寄越してくるだろう。もっと時間が経ったら瀬見か文芸部部長辺りからまた文緒の近況報告が入るに違いないしもしかしたら天童も何か寄越してくるかもしれない。
若利はもう一度床に入った。
当の文緒本人は義兄が遠征先でそんな風に思っている事も知らない奴相手に溺愛ぶりを披露している事もやはり知らずに過ごしていた。全く寂しくない訳ではないが牛島若利の妹である以上仕方がないと思っていたし正直無自覚に義兄の過保護がない分のびのびしていたりわりと好きなようにしている節がある。
それは別に構わない。だが一方で義兄の若利が日頃過保護と溺愛がひどいとは言え男子バレー部の連中は少々心配していた。
「若利はまだ当分帰らないけど文緒さんは大丈夫なのかな。」
ある日の放課後、男子バレー部部室にて大平がぽつりと言う。
「大方は心配ねーな。」
一等最初に反応したのはすっかり文緒の兄代理みたいになってしまった瀬見である。