第35章 ・義兄遠征中の話 その1
若利が世界ユースの関係で遠征へ行く日が迫ってきていた。
「何度も言っているがよくよく用心しろ。」
「はい、兄様。」
夜の牛島家では若利が義妹の文緒を膝に乗せて言い聞かせている。
「お前の事はチームの連中と文芸部の部長に頼んである。」
「存じております、部長が任せろと胸を張っておられました。」
「今期の文芸部は頼もしくて助かる。」
「でも結局瀬見さんや五色君どころかチームの皆さんまで巻き込まれているのは如何なものでしょう。」
「瀬見達に話をしていたら協力の申し出があった、一等最初に白布から。」
「白布さんが、意外です。いつも兄様が過保護だとおっしゃってる方なのに。」
「今回については瀬見と五色だけでは心許(こころもと)ないと。」
「いいのか悪いのか判断しかねます。」
「良い事だ。助かる。」
「ありがたいのですが何だか私が手のかかる子供みたいにされている気がします。」
「お前自身は問題がない。ただ人目を惹く分不届き者への用心がいるというだけだ。」
膝に乗っけられている文緒は首を傾げる。相手があの白布なだけにどうにも不思議なのだ。あのどこまでも冷静で義兄にも容赦なく過保護だとか見ていて恥ずかしいからやめろなどと言い放つ白布賢二郎が一体どういった風の吹き回しなのか。
「白布も理解しているのだろう。」
「そうなのでしょうか。」
文緒は呟くが考えても仕方ないとそれ以上はやめにする。やがて若利がぎゅうと文緒を抱きしめ直した。
「ともあれ俺はしばらく側にいてやれない。心細くさせるが堪えてくれ。」
「大丈夫です兄様、私としてもそんなご心配をかけるのは本意ではありません。」
抱きしめられた文緒は義兄の大きなの手の上に明らかに小さい自分の手を重ねる。
「そうか。」
若利は顔を変えないまましかし安心したように呟いた。次の瞬間やや無理矢理に唇を重ねられたのは文緒にとってとんだ不意打ちだった。