第32章 ・カレイの煮付け
更に次の日の朝練前である。
「五色。」
「はいっ。」
「昨日文緒に夕食の助言をしてくれたそうだな、礼を言う。」
「いえっ、友達なんで当然ですっ。」
「そうか。文緒の事では何かと世話をかけるが今後も頼む。」
「はいっ。」
「ちなみに夕飯は何だったの。」
面白がって聞いたのは例によって天童である。
「カレイの煮付けだった。」
何も考えずに答える若利に対し他の連中は聞いた瞬間じーと五色の背中を見つめていた。
「工、」
若利が手洗いに行ってくると部室から一旦出た後に瀬見が呟いた。
「お前ホントはやらかしたんじゃね。」
五色はビクゥッと肩を震わせる。
「ななな何です瀬見さん急に。」
声がうわずる五色に天童が察したのかハハーンと呟き、白布がどうせと口を挟んだ。
「お前うっかり自分が食いたいと思ったもん口にしたんだろ。」
身も蓋もない。五色はうっと唸って固まった。途端に天童がアヒャヒャヒャヒャと腹を抱えて笑い出し川西と山形も頑張って笑いを堪(こら)えるが生憎堪えきれてない。
「まあ結果オーライという事で。」
大平が笑ってまとめるが五色の顔は真っ赤である。
「何だ、本当は自分も食べたかったかもって思ったのか。」
「ち、違いますっ、大平さんまでおちょくらないでくださいっ。」
「いっそのこと頼めよ、どうせあの嫁の事だやってくれるだろ。」
「待て白布、無茶ぶりしてやるなそれと文緒への影響考えろ。」
「あるいは瀬見さんが先に試してお手本になるとか。」
「ついでに俺に飛び火させんなこの野郎っ。」
「文緒ちゃんはお菓子は作らないのかねぇ。」
「天童は乗っかんな毎回収拾つかねんだよっ。」
「差し入れでもしてもらうつもりか。てか朝飯食ったはずなのに腹減ってきた。」
「ですね、山形さん。」
「お前らそろそろにしような、若利が戻ってくるよ。」
大平の台詞はきっちりフラグになった。ガチャリと部室の扉が開く音がして若利が戻ってくる。
「どうした、何やら騒がしかったようだが。」
五色は思い切り目をそらし、他も何でもないと適当にごまかす。
「若利が気にするほどの事じゃないよ。」
大平の言葉に若利はそうかと呟いた。
当の牛島文緒本人は何も知らずに自室で夏休みの課題をやっていた。
次章へ続く