第31章 ・ウツイの娘 終わり
「せめて待ち構えて捕まえるような真似はやめてくださいな。」
若利の布団の中で文緒は抗議する。しかし若利は顔色1つ変えない。
「そうでもしないとお前は逃げかねない。」
「何て事。人を狩りの獲物みたいに。」
「強いて言えば鹿か。」
「そういう話ではありません。」
「足の辺りが細い。」
「またそんな惚(とぼ)け方をなさって。」
「惚けているというのがよくわからないが安い娘ではないと思っている。」
あくまでも淡々と抜かす若利に文緒はもう、と呟いた。
「どんどん口が上手になられて困ります。」
「何の話だ。」
布団をかぶって若利に背を向けようとした文緒はすぐに捕まりガバッと若利に覆い被さられる。知らない第三者が見ればかなり危ない図だが深く考えてはいけない。
「兄様。」
小さく疑問形で問いかけると若利が低く言った。
「何を思っているのか知らないが俺はお前を愛している、それだけの事だ。当然不心得者が触れる等は論外だな。」
文緒はくすりと笑う。
「何だ。」
怪訝に思ったらしき若利が尋ねてくる。
「まさかとは思うのですが」
「言ってみろ。」
「兄様は寂しがり屋さんですか。」
文緒はちゃんと見ていなかったが若利は乏しい中にもムッとした表情をしていた。
「あっ。」
途端に文緒はごつい両腕に抱き締められて動けなくなる。
「夜は部屋に帰さない事にする。」
「元々そういうおつもりだったでしょうに。」
「明日もだ、寧ろ休みが明けるまで。」
「兄様、落ち着いてください。」
「落ち着いて考えた結果だ。」
「何か違う気が。」
「違う事はない。そろそろ寝る。」
若利が文緒を抱きしめたまま強引に体の向きを変えた。お休みと呟く低い声が耳元で響く。
義兄の上に乗っかったような形になった文緒はもうとまた呟きそっと義兄の頬に唇を寄せた。
「いいから寝ろ。」
「はい、兄様。」
文緒は言って目を閉じる。今日は短時間で色々あった日のように思える。すぐ睡魔が襲ってきた。
自分を抱きしめたままの若利が暗い部屋で目を開けたまましばらく固まっていた事を文緒は知らない。
次章に続く