第22章 ・海へ行く話 その3
「文緒さんは一重の野薔薇って感じだな。」
「"Sah ein Knab' ein Röslein stehn,
Röslein auf der Heiden,"
[童(わらべ)はみたり 野なかの薔薇(ばら)]
ってわけですか、やれやれ。」
「覚えてんのかよ、白布。」
「瀬見さんもそれくらい覚えたらどうです、あの嫁と話が盛り上がりますよ。」
「俺が何か不倫してる人みたいになるからその言い方やめろ。」
「フォン・ゲーテか、アカデミックだな。」
「あ、若利が嫁捕まえた。」
山形が言っていると確かに若利がやや深い所に行きかかっていた文緒を救出している。しかし
「まったあんのど天然はっ。」
瀬見が叫び大平が苦笑した。
つまりまた若利は公衆の面前で文緒を抱き上げていた。しかも文緒はまたタイミングの悪い事に天童にぶつけられたビーチボールを手に持っていた。
「親子か。」
水を差された形の天童が突っ込む。
「何もおっしゃらないでくださいな。」
文緒は恥ずかしくなってそっぽを向く。
「何か問題があるのか。」
当の義兄殿は相変わらずである。
「文緒がマジで小学生みたいに見えますっ。」
遠慮なく言ってしまったのは五色で抱き上げられたままの文緒が水を蹴ろうとするが
「足癖が悪い。どこで覚えた。」
若利に止められた。
「さてどこだったでしょうか。」
「知らない振りをするな、こちらを向け。」
若利にしては大変頑張って突っ込んでいるが文緒だって負けていない。
「地上ではどうせ何もできません。これくらいたまには。」
「はしゃぐのは仕方がないが必要以上に足を上げる事はない。」
「何なのさあの会話。」
「牛島さんはやっぱり頑固親父枠ですねっ。」
「兄様それより降ろしてください。」
「もう少し向こうに行ってからだ。」
「他所の人も見ています。」
「問題ない。」
「あります。」
「文緒ちゃん大変だねー。」
キシシと笑う天童はすぐにうおっと声を上げて飛んできたビーチボールを受け止めた。