第1章 Umbrella【1】
沈黙を破って彼女は真っ直ぐ前だけを見ている。
その横顔がどこか寂しそうで、ずっと前の、俺と話す前の彼女を見たような気がした。
は足元の水たまりを蹴る。
ぱしゃんと音を立てて彼女の足を濡らす。
「空だってね、泣きたいんだよ。でもみんな傘を差して見て見ないフリ。かわいそう。だから私は傘を差さないで慰めてあげてるの」
大きく足を踏み出し、は傘の外へ出る。
くるり。
両手を大きく広げて、顔を空に向けて、彼女は回る。
彼女が足を踏み出すたび、地面にたまった水が跳ねて彼女の身体を濡らす。
ぱしゃん。
「じゃあなんで俺の傘の中にいるの」
ぱしゃん。
「見て見ないフリ、しなかったから」
意味がわからなかった。
は回り続ける。
満面な笑みを浮かべて、彼女は水たまりの上でジャンプをした。
ばしゃん。
ばしゃん。
何度も何度も。
どんなに足が濡れていても彼女はジャンプすることをやめない。
「……濡れてるよ」
「うん。知ってる」
ばしゃん。
水たまりの上、彼女は大きくジャンプをした。
「でも今は、濡れたい気分」
今にも泣きそうな顔で水たまりを眺める彼女に、なんて声をかければいいのかわからなくて、でも何か言わなくちゃいけないような気がして、俺は傘を彼女に差しだそうとしたその時。
彼女はぱっと顔を上げていつも俺に見せてくれる笑顔をくれた。
「また明日、バイバイ!!」
白い歯をみせて、くるりと一度回って、雨の中スキップして彼女の背中が遠のいて行った。
ズキンと心臓が痛んだ。
泣きそうになった時、「どうしたの」って聞けばよかったのだろうか。
そしたら君は答えてくれたのだろうか。
それとも初めて話したあの日のように「大丈夫」だななんて強がって壁を作ってしまうのだろうか。
何をすれば正解なのかわからなくてモヤモヤした気持ちを抱いたまま、俺は家へと戻った。