第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
五月の雨は好きじゃない。
どうせもうすぐ梅雨入りするってるのに、わざわざ雨降らさなくてもいんじゃない?寒くも暑くもない一年で一番気持ち良い季節だよ?なのに何で雨?ほんのちょっとしかない初夏ってヤツは、雨にアヤつけられるには勿体ないくらい短いワケで。ね。
「そう」
行きつけのコンビニのおばちゃんが笑う。
「この時期は雨が降るだけ植物も伸びるし、悪くないと思うけど。私は嫌いじゃないかな」
俺より随分年上のこの人は、細くて高いけど不思議に穏やかな声で丁寧に話す。この声のせいか、言ってる内容のせいか、それとも全部引っくめてこの人が話してるせいなのか、よくわかんないんだけど聞いてるだけで何か嬉しくなっちゃう。
何だろネ。
アッシュブラウンのショートカットの髪を揺らせながらいつ見ても忙しそうに働いているこの人は、荒れて節くれ立った手をしている。
でも、その手の爪の形と指の長さが好きなんだよネ。
よく見ると茶色い目に灰青の色が差していて、多分日本以外の国の血の入った人なんだなと思わせる。アッシュブラウンの髪も地毛なんだろう。
別に綺麗じゃないヨ。
けど、妙に目を惹く顔をしてる。俺だけがそう思ってるのかも知んないケド。
「いや、美人だ、あの人は。大体おばちゃんて程の年じゃないと思うがな。何だかオーストリアだかドイツだかの血が入ってるって聞いたぞ?」
焼きそばパンを頬張りながら、チームメイトの獅音が言う。
ふぅん。やっぱそうなんだ。オーストリアだかドイツねえ…。
別にいいんだけどね。何処の国の血が入ってたって。アメリカだかイタリアだって別にいいし、ロシアだってオランダだって構わないし。ウガンダでもアフリカでもジャマイカでも、うん、いいんじゃない?
問題は、俺が彼女に興味津々って事ヨ。
コンビニのおばちゃん相手に変かな。ま、いいじゃん。誰に興味が湧くかなんて、自分じゃどうしようもないしサ。
「あの人、前はモデルだったんだそうだ」
…何コイツ。妙に詳しいじゃないの。どゆ事?
チロッと見ると目が合って、獅音は顔の前で手を振った。
「いや、お袋に聞いたんだよ。あそこでパートしてるんだ、お袋の友達が」
はぁん。成る程ね。そゆ事。
モデルねえ。まあわかんなくもないか。デカい人だモンね。