第8章 Bye Bye Baby
状況的にも、榎本しか犯人はいなかった。
和也くんは寮では、お兄さんで。
自閉症の症状も軽いほうだから、自分でやれることは積極的にやらせていて。
16歳になってからは、お風呂は一人で入っていた。
だから発見が遅れた。
それに、まさか。
男の子に性的な虐待をするなんて…
話には聞いたことはあったけど、身近にそういう例はなかった。
だから、油断していた。
すぐさま榎本を呼び出して、施設への立ち入りを一切禁止した。
二度と現れるなと言うと、薄く笑った。
ゾっとするような笑みだった。
「僕はいいけど、和也がなんていうかねぇ…」
くっくっくと嫌な笑いを残すと、榎本は店を出て行った。
場末の喫茶店で、私は背筋に冷たい汗が流れた。
あんな種類の人間にはあったことがなかった。
人間の情愛ってものが、一切伝わらない。
そんなもの、氷の刃で一刀両断にしそうだった。
あの時に警察に通報していれば…
いや…
きっと、状況は変わらなかった。
それほどあの男の執念は深いものだったのだから。