第6章 愛の悲しみ
その夜智は始めて俺を求めた。
俺の名を呼び、泣きながら抱いてと縋る智を、この両腕でかき抱いた。
噎び泣く背に回した手で、どこにも羽ばたけないよう、翼を毟りとった。
俺は見てしまったから…
翔さんが、心に秘めた愛しい人の名を呼びながら、肩をただただ震わせている姿を…
まるで壊れ物でも扱うように、そっと優しく触れたその手に、幾つも雫が零れたのを…
そして俺は聞いてしまったんだ…
智の口から無意識に零れた愛する人の名前。
「翔くん…」
と…。
その日を境に、智は一人で過ごす時間が増え、二人で過ごす時間でさえ、時折ぼんやりと遠い目をすることが多くなった。
少しずつ崩れ始めた智の心と身体のバランス…、
それに俺は気づかなかった。
いや、気付いていたのに、敢えてそこから目を逸らしていただけなのかもしれない。
最初に気付いたのは俺ではなく、和成だった。
「愛の悲しみ」完