第5章 月光
数日後、俺は住み慣れたアパートから、潤のビルの一室に引っ越した。
引っ越した…と言えば聞こえは良いが、本当のことを言えば、風邪を拗らせ暫く潤の世話になってる間に、俺の部屋はすっかり他人名義の部屋になっていた。
早い話が“立ち退き”ってやつだ。
行く宛のなくなった俺は、潤の有難い申し出を渋々受けることにした。
結局のところ俺も潤と同じ、一人でいることに寂しさを感じていたから丁度良かったのかも知れない。
夜はいつも潤のベッドで、お互いの体温を感じながら眠った。
潤から求められることもあったけど、それ以上に肌と肌をピッタリくっつけると安心できた。
とても穏やかな時間だった。
そんな中、俺は夢を見た。
いつもみたいに潤のベッドで眠る俺を見下ろす人影。
行為の後の気怠さに、瞼を持ち上げることも億劫で、見下ろす視線を避けるように寝返りを打った。
「…くん。
……しくん。
さとしくん…」
俺の名前を呼ぶ声。
その声に聞き覚えがあった。
頬に何かが触れた。
手?
潤の手?
ううん、違う。
潤の手はこんなに暖かくない…
誰?
俺の頬に落ちた雫は涙?
どうして泣いてるの?
泣かないで?
泣かないで、「翔くん…」
口をついて出た名前に目を開けた。
でもそこには誰もいる筈もなくて…
訳も分からず涙が溢れて…
「潤…? 潤、潤どこ?」
寝室の扉が開き、俺の涙を見た潤が慌てた様子で駆け寄る。
「どうした?」
ベッドの端に座った潤の胸に飛び込み、ギュッとしがみついた。
「…抱いて。 強く…壊れるぐらい強く抱いて!」
初めて自分から求めた。
「月光」完