第17章 初恋がロリコン男である件について【バク】
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高い天井に、光の一切届かない大きな洞穴のような空洞。
小さな手持ちの明かりを一つだけお供に、ミアは其処へ訪れていた。
生々しく削れた跡が残る壁に、そっと触れる。
「…久しぶり」
誰もいない罅割れた壁に向かって、話し掛けるように声を発する。
「こっちは元気でやってるよ。皆、今日も忙しくしてる。それだけ前に進められているってことね」
だから心配しないで、と続けようとした声は音にはならずに暗闇へと消えた。
(…進められていないのは、私か)
今日のこの日を、一度足りとも忘れたことはない。
どんなに仕事が忙しくてもこの日だけは時間を割いて、誰も立ち寄らなくなった研究所へと毎年一人赴いていた。
アジア支部は未開拓地も残している、黒の教団本部より広大な土地。
その奥底には、しまい込んだ忌まわしい記憶の場もある。
それが此処、"アジア第六研究所"。
黒く炭のように罅割れた壁にこびり付いているものも、目を瞑れば鮮明な赤い色をしていたことを思い出す。
この日、この場で、多くの研究員の命は奪われた。
Almaという、彼ら自身が造り生み出した第二使徒によって。
奇跡的に軽傷だけで済んだミアの目の前で、奪われた命があった。
父と母。
同じく研究員としてそれなりの地位で務めていた、人造使徒計画の重要執行人。
その二人の命の灯火は、抱いたミアの腕の中で消え去った。
忘れもしない。
忘れられない。
何度もこの場へ足を運ぶのは、亡き父と母を忘れたくないからだ。
Almaの暴走により封鎖された研究所には、上層部からの命令もあり誰も足を向けなくなった。
忌まわしき負の遺産を隠そうとするかのように。
だからこそ、忘れてはならないと思うのだ。
あの実験は、人としての過ちだった。
「毎回此処へ来ては、凹む自分は成長がないなぁって思うんだけどね…中々」
自嘲に似た笑みを浮かべて、肩を下げる。
あれから9年の年月が過ぎても尚、こびり付いた記憶は早々消えてはくれないのだ。
(情けない、な)
小さな吐息を零す。
「ミア!」
その空気を破ったのは、暗闇から飛んできた馴染みある声だった。