第16章 ◆さよならの前に(神田/ルパン三世)
割れた壺。
錆びた食器。
傾いた家具用品。
朝日に照らされキラキラと輝く、床に散らばった数十枚の金貨。
そして、銀で作られた丁寧な装飾のティアラ。
「悲劇のお姫様は、一人じゃなかったんだね」
「…ああ」
小さな部屋で息衝く体は、雪とルパンの二人だけ。
消えた少女を捜すことなく、二人は静かな表情を浮かべていた。
捜す必要はない。
アデーラの数々の結納品に埋もれた奥に蹲る、小さな人影。
銀のティアラを頭に飾り、廃れた青い布切れを纏った小さな白骨死体は、宝の番人のように奥底にひっそりと存在していた。
二百年もの間、誰の目にも止められることなく、アデーラとの約束を守り続けた。
肉体を失っても尚この場に縋った小さな魂は、ようやく休むことを決めたのか。
擦り切れたミケランジェロの絵画。
その横に並べられた小さな肖像画は、まだ辛うじて面影が見て取れた。
ソファに座る金髪の女性の腰に、甘えるようにして抱き付くブラウンの髪とグリーンの瞳の小さな少女。
色褪せた絵でもわかる、安心しきったように目を瞑り微笑む少女の表情は柔らかい。
此処にイノセンスはない。
在ったのは、姉思いの少女の懸命な願いだけだ。
亡き少女の頭で今も輝くティアラを前に、雪は静かに目を伏せた。
「おやすみなさい」