第16章 ◆さよならの前に(神田/ルパン三世)
「自分の損得関係なしに、他人を想えたのって初めてだから。…私の中にも、そんな人間的なものがあったんだなぁって。見つけられた結果だよ」
初めて抱いたものだから、理解するのには時間がかかった。
それが良いものか否かさえもよくわからなくて、中々踏み出せずにいた。
そんな雪の手を乱暴にでも引っ張って、起こしてくれたのだ。
想いを形に変えてくれたのは、紛れもなく神田本人。
「そのことを教えてくれたのは、ユウだったんだ。だから私は、あの人の隣にいるの」
へら、と苦笑混じりの砕けた笑み。
少し恥ずかしそうにも笑う雪の顔に、ルパンは開けていた口を閉じた。
「……狡ィな、神田はよ」
やがて浮かべたのは僅かな微笑。
「何が?」
「そのチャンスがオレにもあったら、雪のその笑顔はオレに向いてたかもしんねぇのにな」
日頃よく耳にしていたひょうきんな声とは違う。
穏やでありながら、感情を含んだルパンの声に雪の頬が色付く。
「…冗談?」
「オレも偶には本音を言うぜ?」
「嘘臭い…」
「酷ェな。前に言っただろ?雪は良い女だって。綺麗な女はごまんといるが、ここが良い女はそういねぇ。そういう女は、宝と引き替えにしたって欲しくなるもんだ」
「…褒メテモ何モ出マセンガ」
とん、とルパンの指が自身の胸を指差す。
気障な言葉だと思うのに、日頃ふざけた態度が多い所為か、急なスイッチの切り替わり様に戸惑う。
否応無しに熱くなる顔を隠すように片手で覆うと、雪はくるりと背を向けた。
「というか、今は仕事中でしょ。早くこの通路の全貌を確かめないと───」
ピカッ!と強い雷の光が目を打つ。
凄まじい轟音に意識を取られ、目の前の階段の上に設置された鉄格子の窓を雪は見上げた。
「っ!」
瞬間、ぎくりと固まる体。
「どうした?」
異変を感じ取ったルパンが背後から問えば、雪は震えそうになる口をどうにかこじ開けた。
「ぁ…あれ…」
そうして示したのは階段の先。
同じく見上げたルパンの目を、強い雷の光が打つ。
眩い光の中、それは存在していた。
ドレスのようなものを纏った、小さな人影が。