第11章 ◆12/6Birthday(神田/セカンズ)
「ユウ、起きてる?」
体を揺する優しい動作。
微睡の世界から遠ざける行為に、頭が冴えていく。
開いた視界に映り込むは、ぼやけた人影。
『ねぇ、起きてる?』
顔を近付けて覗き込みながら、かけられた最初の声と重なった。
「アル──…」
「ある?」
「………なんでもねぇ」
無意識に紡いだ名前は形を成す前に、沈黙となって消える。
「え、何その含みあるだんまり。気になるんだけど…」
「なんでもねぇって。それより、今何時だ」
「朝方4時半」
「くそ…遅刻した」
「充分早い起床だけどね。まだ外真っ暗だよ」
「それでも遅刻は遅刻だ」
「珍しいよね、ユウが寝坊するなんて。昨日夜更か──…なんでもない」
「何一人で妄想してんだよ。スケベだな」
「んなっ妄想も何も現実だから! スケベなのはそっちでしょッ? 昨日あんなにやっ──…なんでもない」
「自滅してんなよ」
ベッドの上で熱い顔を隠しながら口を閉ざす雪に、溜息を零すと神田はその場から離れた。
窓際のカーテンを開けば、彼女の言う通りに外は夜の闇と変わらない。
師走の寒さ厳しくなる季節に入ったばかりだが、窓硝子は内側と外側の温度差に水滴を散りばめていた。
「こんなに寒いのに、早朝トレーニングは変わらずこなすんだね…色んな意味で感心する…」
「なら付き合うか」
「イッテラッシャイ」
「興味ないなら口出しすんな」
手早く着替えを済ませて、六幻を片手に外へと向かう。
「遅刻した分、余分に時間を取るから遅くなる。お前は先に飯に行ってろ」
「あ…うん。わかった。また後で──」
皆まで言い終える前に、主の去った扉が閉じゆく。
「ね…」
軽く片手を挙げたまま、行き場を失った語尾を雪は萎ませた。
(なんだろう…なんか、今日のユウ…)
普段から言葉数少なく素っ気ないことが多いが、二人きりの時は雰囲気が和らぐことが多くなった。
そんな彼から感じた、微弱な冷たさ。
「……大丈夫かな」
季節の冷たさとは違う、ひやりとしたもの。
感情表現が豊かでない神田から感じた微かな変化に、雪は一人眉を潜めた。