第10章 ※◆with はち様(神田)
「…神様、ね」
イノセンスを"神の結晶"と呼ぶこの黒の教団の組織に属して、その名で何かを比喩することなど珍しい。
特に雪のような者であれば尚更。
だからなのか。
気付けば差し出していた手。
そっと触れてきた小さな手は、雨露で凍える夜に待機させていたにも関わらず、ほこほこと羽毛のような温度を纏っていた。
あの時雪が身に付けていたのは、ファインダーのマントだけ。
手先を覆う防寒具など何もなかった。
体を動かすこともなくじっと待機をしていれば、体温は奪われ凍える一方。
なのに何故いつもより温かく感じられたのか。
僅かな疑問が湧く。
(まさかな)
それはまるで"神様"と比喩した彼女の謎の発言が、真しやかであるかのようで。
乾いた表情で薄く笑うと、神田は湧いた疑問を脳裏から捨て去った。
神様の言いつけなど。
馬鹿馬鹿しい。
「ユウー、そろそろ方舟が繋がる時間さぁ。出発しよーぜ」
「ああ」
数メートル先から、ひらひらと片手を挙げて主張してくる同じエクソシスト仲間の一人、ラビ。
視界に栄えるオレンジ色の赤毛を目に映して、壁に立て掛けていた六幻が入った布袋を手に取る。
方舟を使い任務地へ飛べば、即戦闘が待っているはず。
今回の任務はAKUMA討伐。
気は抜けないと、スイッチを切り替えるように余計な思考を追い出して頭の中を切り替える。
──と。
「神田!」
切り替わる前に意識を強く引き戻したのは、バタバタと駆け寄る足音と渦中の人物の声だった。
「はぁ…っよかった、間に合った…っ」
「ありゃ、雪じゃねぇさ。どしたん?今日非番じゃなかったっけ」
「ああ、うん。そうだけど…」
顔を向ければ、慌ただしく駆けてきた姿が視界に映り込む。
それは見慣れたファインダーのマントではなく、ラフな私服姿。
何事かと見守っていれば、方舟ゲート入口付近にいたはずのラビがいつの間にか傍に寄って、神田の代わりに問いかけた。