第8章 ◆Tresor(神田/マリ×ミランダ)
「チャオくんは中国出身だから、お茶の舌は肥えてるかもしれないけど…」
「なんのお茶っスか? 良い香りがします」
「ウバと言うんだよ。薔薇や鈴蘭の花香を持つ紅茶でね。私のお気に入りなんだ」
「へぇー…なんか落ち着く香りっスね」
「どうぞ」
白いシンプルなティーカップに注いで、ストレートティーのまま差し出す。
赤みの濃いオレンジ色の液体を見つめながら、"頂きます"と口にしてチャオジーがカップを手に取る。
こくりとその喉がゆっくり紅茶を嚥下すると、ぱっと忽ちに彼は笑みを浮かべた。
「美味しいっス!」
「そうか。嬉しいなぁ」
マリのように大人びた落ち着いた態度でもなく、神田のように負の感情ばかりでもなく、こうも素直に喜びを表現してくれる。
そんなチャオジーの笑顔に、ついティエドールもほくほくと嬉しくなる。
そのチャオジーの中国人独特の真っ黒な瞳が、不意にテーブルの縁で止まった。
「師匠、絵描きしてたんスか?」
「ああ、うん。この中庭の木々に差し込む光の風景が、なんとも綺麗でね。ぜひ絵に残したくて」
テーブルの縁に置かれていたのは、スケッチブックと黒い木炭。
常にティエドールが持ち歩いている、絵画セットだ。
元々画家だったティエドールは、他人が見落としそうな何気ない風景に目を止めることがよくある。
彼曰く、同じ場所に立ち同じ時間に身を委ねても、同じ風景に出会えることはない、とのことらしい。
だからこそ、その時見つけた目に残る景色はその時のうちに絵に残しておきたいと思うのだ。
まるで宝物を箱にしまうかのように、大切に大切に。
「ふぅーん…」
まだ描き途中のスケッチを、興味津々にチャオジーが覗き込む。
その時、悪戯に中庭に吹き込んだ風がパラパラとスケッチブックのページを捲り上げた。
「あ」
中にしまわれた宝物のような景色が、パラパラとチャオジーの目に映し出されていく。
そしてぱさりと止めたそこに描かれていたもの。
色とりどりの風景画とは違うそれに、チャオジーは目を丸くした。
「師匠、これって…」
「うん?……ああ、」
同じくスケッチブックを覗き込んだティエドールが、ふと言葉を止める。
そして徐に顔を綻ばせた。
そこに描かれていたものは──