第32章 Sexual harassment
ー丸山sideー
「へぇー…凄いな…」
暗がりのセットの中をウロウロと歩く。
初めて見る武家のセット。
別番組の収録に来ていた俺はその合間にこっそりとドラマのセットに進入する事に成功した。
「二宮くん…ここでも頑張ってんねやなぁ…」
暫くウロウロしてると…入口が開き、こちらに向かって足音が聞こえてくる。
「やべ…怒られる…」
慌てた俺は急いでセットの影に身を潜めた。
「あ…」
そこに現れたのは俺の尊敬する先輩、大野智だった。
「おーちゃ…」
声が出かかったけれど…直ぐに止めた。
一緒に現れたのは…あの脚本家、橋本だったから。
ゆっくりと歩きながら…言葉を交わさないままキッチンのセットに入って行く。
痺れを切らしたのか…橋本のが立ち止まり、おーちゃんに声を掛けた。
橋本「そろそろ何か言ってくれても良いんじゃないかね大野くん。私も忙しい身なんでね」
智「………」
橋本に背中を向けたまま、おーちゃんは立ち止まった。
橋本「何の話なんだ。ここまで連れて来て」
智「………何の話か…言わなくても分かってますよね」
橋本「さぁ?」
けれど明らかに…橋本の顔はニヤついていた。
智「うちの妻が…色々お世話になってるみたいで」
橋本「………それはこちらこそ。彼は本当に素晴らしい役者だよ。あんな演技見せられたら…こちらとしても良い脚本の書き甲斐があるってもんだよ」
智「そうですか」
ゆっくりとおーちゃんが振り返り、橋本と見つめ合った。
「………」
その表情を見た時…俺の背中に寒気が走る。
おーちゃんのその表情は…冷酷な…感情の無い…いや、恐ろしい程の怒りをありったけの理性で押さえ込んでいる様な表情だった。
あんなおーちゃんの顔は…初めてだった。
きっと…ヤバい物見るかもしれない。
ここを早く立ち去りたい。
けれど目の前のその光景に…俺は目を離せないでいた。