第73章 押された背中
ひとつひとつの質問に俺は丁寧に答える。
それは目の前に居る貴社の人達も同じで…内容が内容なだけにきちんと言葉を選んで質問してくれた。
このまま終わればいいと思っていたけれど…そんな訳にもいかず。
目の前のそいつが口を開くと場の空気が凍り付いた。
「櫻井さん。貴方が強姦された時に流産されたのは具体的にどういった行為が流産に繋がったんでしょうか」
「………」
あの男は…俺の顔を見ながら笑っているかの様に見えた。
「………あまり具体的に申し上げるのは控えさせて頂きたいのですが…何度も腹部にダメージを受けた記憶がありますので…治療に当たって頂いた主治医の先生も直接の原因はそれではないかと」
「そうですか。では…強姦当時貴方は逃げ出せる状況ではなかったのでしょうか。逃げ出せていたなら何度も強姦される事は無かったと思いますがその辺りはどうですか?」
言葉に詰まるとそいつはそれを楽しむ様にニヤリと笑って俺にまたマイクを近付ける。
周りの報道人も…何なんだとそいつをチラチラと見つめた。
挑発してるんだな…
そう思った俺は…深呼吸をするとそいつの瞳をしっかりと見つめ返した。
「あの時の状況をどう説明していいか分かりませんし…あまり思い出したくない事です。ただ…突然知らない場所に連れて来られて…目の前には大柄で明らかに自分より体力も腕力もあるだろう相手を前にして…逃げるなと言われたら…私には出来ませんでした。その時は…むやみな抵抗感より…お腹の子供を守る事を優先する事を選びました」
「………そうですか。では…貴方が強姦された時…」
「すみません。ひとつだけお願いします」
もっと話そうとするそいつに手をかざして俺は周りを見つめた。
「………『強姦』という言葉に間違いはありませんが…その言葉にはダイレクトな部分も含まれていて刺激のある言葉ですので…私は大丈夫ですが…他の大勢の方々に大して使用されるのは適切ではないと思いますので…個人的には控えて欲しいと思います。宜しいでしょうか」
キッパリと言い切ると…その人は残念そうに軽く舌打ちをする。
「………失礼しました」
「ありがとうございます」
そう言うとそいつはさっきより幾分か静かになった。