第7章 ベルフラワーscene1
大きな通りに出ると、また小さな通りに入って。
更にそこからまた小さな路地に入る。
その先にあったのは、幼稚園だった。
「ここねえ、俺が通ってたとこ」
車から降りるとそう言って、大野さんは躊躇なく中に入ってく。
「あっ。入っていいの!?」
「いいの、いいの」
幼稚園の名前は、『くぬぎ幼稚園』といった。
園内は遊具がたくさんあるが、そのモチーフはクヌギで、なんだか不格好なものもある。
きっと手作りなんだろうな。
建物をみると、奥に明かりが灯っていた。
「誰か、いるみたいだよ?」
「うん」
そういって、大野さんは遊具に腰掛ける。
俺もその隣に腰掛けて幼稚園を眺めた。
「小せぇなぁ…全部が」
「うん。小さいね」
「俺もこんな頃、あったんだぜ?」
「わかってるよ」
そう言って二人で笑いあった。
「懐かしいなぁ…」
そう言うと大野さんは、空気を沢山吸い込んだ。
「あの頃に戻りてぇな」
「だめだよ」
「え?」
「だって…」
「うん?」
「戻ったらキスできないじゃん」
そう言うと、暫く大野さんは下を向いた。
「潤…かわいい…」
「えっ!?」
「バカ…今すぐ押し倒したくなるだろ…」
「やっ…そんなっ!」
大いに焦ったところで、建物から人が出てきた。
「誰かいるの?」
みると、スーツを着た老年の女性だった。
「あっ、園長先生」
そう言うと、大野さんは園長先生にあゆみ寄った。
「久しぶり」
「あらまあ、智くん。久しぶりね」
園長先生は、上品なおばあちゃんで、俺達の話もうんうんと静かに聞いてくれた。
「あ、先生、圭吾くん元気?」
「うふふ。元気よ。今ね、舞台で地方行ってるの」
「そうだよね~!俺、チラシとか見てるよ!」
「智くん程じゃないわよ…」
そういうと先生はホホホと笑う。
どうやらその圭吾くんと言うのは、先生の息子で、舞台俳優のようだった。
「俺の何個も上なんだけどさ、地元じゃスーパースターなんだよ」
そう言って、大野さんは胸を張る。
俺と園長先生は目を合わせると、同時に吹き出した。
「えっ?なんで笑うの?」
「だって、大野さん…」
「智くん…あなたのほうがスターよ?」
園長先生は、口に手をあてて笑いをこらえていた。