第5章 退紅(あらそめ)scene1
自分が汚いだって?
なんだってこの人はこんなこと思ってるんだ。
確かに俺に対してやったやり方は汚いかもしれない。
けど、それは俺にも理性のブレーキがあったからで。
この人が俺のことを好きだとしたら、何を思って俺のことを振ったのか、俺にはわからない。
だから知りたい、そして好きだと言わせたいと思っていた。
でも…
言い知れぬ不安。
俺の頭のなかで警報が鳴っている。
呼吸が落ち着いてきたのを見計らって、再び尋ねる。
「なんで、汚いと思ってるの?」
「俺は、やられ、たから」
「誰になにを…やられたの?」
「あいつに、ヤラれた。京都、にいるとき」
あいつときいて、一人の元幹部が俺の頭に浮かんだ。
そいつは見境のないホモ野郎の最低野郎で、つい最近事務所を追い出されたところだった。
そういえば智くんが京都にいるころ、アイツは関西の担当だった。
「なにを…された…?」
「後ろから、やられた。言うこと聞かないと、東京の、ヤツらもやるぞ、って言われた」
俺は手が震えてくるのを止められなかった。
「薬も、使われた。道具も、たくさん」
俺は震える手で智くんを抱きしめた。
「たく、さん。やられた。噛み付かれたり、アイツの飲ま、されたり。縛られたりも、した」
俺は震える手でロープを解いた。
「もう…もういいよ。智くん…」
ぶるぶると震えが止らない。
「なんで…?なんで黙ってたの…?」
「俺が言わ、なきゃ、東京の、みんなには手、を出さ、ないって言った」
「京都から後も‥?」
「デビュー、するまで、続いた」
もうそれ以上言葉にならなかった。
俺はひたすら震えて智くんを抱きしめた。
「ごめん…ごめん…あんなことして…ごめんっ…」
俺が泣ける立場じゃないけど、涙が溢れてきて止まらなかった。
「俺、なんて謝ったらいいかわからない…」
そういうと、力なく智くんの手が俺の髪をなでた。
「おれ、汚いから、いい」
そういうと、笑った。
儚げな、消えてしまいそうな笑顔だった。
「汚くないっ…」
そういうと抱きしめるしか俺にはできなかった。
そんな俺の頭を、智くんはずっと撫で続けていた。