第5章 退紅(あらそめ)scene1
収録が終わって、帰る。
俺はまた、あの人には一瞥もくれず帰る。
雅紀が俺の横に並んでくる。
「翔ちゃん。…さっきはごめんね」
俺の方が謝らないといけないのに、根っから優しいこいつは、自分から折れてくれる。
「ん。俺も急にあんなことしてごめんな」
そう言うと、腰に手を回し引き寄せた。
雅紀はそれに逆らわず、俺に体重を預けてくる。
「変なの。翔ちゃんとリーダー」
「なんで?」
雅紀は笑って答えない。
「じゃあ、俺、今日はマネージャーの車だから」
そういって雅紀は離れていった。
エレベーターを使わず、ゆっくりと階段を降りて、地下の駐車場に向かう。
今日は自分の車で来ている。
一歩一歩、ゆっくりと歩く。
背後にずっとあの人の視線があったから、俺は確信をもっていた。
きっと網にかかる。
車の前まで来る。
荷物を積むために後ろに回る。
かかった。
智くんが、膝を抱えて車の後ろに座っていた。
目が合うと、いつもの妖艶な笑みを浮かべてきた。
「翔くん、乗せて?」
車の助手席に、あの人が座っている。
ここまで計画通りにいって、俺は拍子抜けしていた。
もっと嬲ってやろうと思っていたのに。
まさか、雅紀とのキスだけで動揺したわけでもあるまいし。
それとも、たまに嬲れる俺の存在が惜しくなったんだろうか。
「家、どこ?」
またその問には答えない。
俺は無言でハンドルを切る。
車は俺の家へと向かっていた。
だんだん、その時が近づいてきた。
俺は、罪を犯す。
ぎゅっと手を握った。