第5章 退紅(あらそめ)scene1
パークハイアットに入るのは初めてだった。
路肩に車を止め、電話してみると、ガバナーズスイートに空きがあるという。
もうそこで俺はひとつの決心をしなければならなかった。
この人と、一線超えることを。
震える手を智くんに悟られないよう、その部屋を確保した。
ホテルに着くと、少し閑散としていた。
もう9時を過ぎていて、酔客以外はもう部屋へ行っているのだろう。
フロントで手続きすると、エレベータに乗り込む。
乗り込んだら、智くんが俺の肩に頭をにもたれかけてきた。
俺はその頭に、自分の頭をもたれかけさせた。
俺の手にはルームキーがある。
これは大野智を開く鍵だ。
部屋はずいぶんと高い位置にあった。
新宿が一望できた。
さっき俺達が渋滞に巻き込まれたところも、きっとこの光の渦の中にあるんだろう。
窓辺に立って、景色を眺める。
ガラス越しに映る智くんは、俺をじっと見つめていた。
「翔くん…」
呼びかける声に、今度は俺が押し黙る。
「翔くん、シャワーしてくるね?」
そういうと、俺の返事を待たず、バスルームの方へ消えていった。
俺は肩に入っていた力を抜いた。
いつの間にか、手を握りしめていて、手のひらに爪の痕がついていた。
俺は何をこんなに耐えているんだろう。
なにかしてないと気が紛れなかったので、ルームサービスを取った。
ルームサービスが全部届いても、智くんは風呂から上がってこなかった。
心配になって、様子を見に行く。
「智くん…?」
脱衣所の扉をあけると、バスローブに身を包んだ智くんが、床に座り込んでいた。
「どうしたの!?」
ちょっと慌てて抱き起こそうとすると、智くんは笑った。
惹き込まれる。
「ちょっとのぼせた」
短く言うと、俺の腕に身を任せてきた。
俺は邪な心を振り払うように、智くんを抱き上げ、リビングに連れて行った。
濡れた髪が、俺の頬をくすぐる。
ソファに横たえ、ルームサービスにある、冷たい水を飲ませる。
「飯、食ってなかったから余計かな」
俺は全然関係のないことばかり言っていた。
「少しマシになったらご飯食べててよ。俺も風呂入ってくるから」
そういうと、俺はバスルームへ逃げた。