第5章 退紅(あらそめ)scene1
車に乗り込みエンジンを掛ける。
「家、どこだっけ?」
その問に答えはなく、仕方なくそのまま車を出す。
暫く走って国道1号線に乗り、あてもなく走りだす。
薄暗くなった外をじっとみつめたまま、智くんは動かなかった。
「家、言ってくれないと送れないよ?」
そう言ってはみるものの、どこかで俺はこのまま時間が止まってしまえばいいと思っていた。
彼の出す香りが車内に満ちて、俺をがんじがらめにしていたから。
そのまま俺たちは、あてもない旅に出た。
都内をぐるぐると回っているうちに、新宿に出た。
雑多なところに身を置きたかったので、暫く新宿を彷徨った。
夜のネオンがギラギラとして、まるで俺達とは関係のない世界。
行き交う人は、何をここに求めてやってきてるのか、俺には不思議だった。
俺には渋谷のネオンのほうがしっくりくるから。
職安通りで渋滞に巻き込まれ、暫く動けなくなる。
横を覗きみると、人々を興味深げに見ている智くんがいた。
前方で喧嘩をしていて、どうやら車が走れないらしい。
二台の車から、体格のいい男二人がでて胸ぐらをつかみ合っている。一時その場は騒然となった。
何台ものパトカーが出てきて、警官がこれでもかという人数集まってきた。
火元はたった二人の男なのに、こんなにも大勢が集まってきているのが、傍目からみると滑稽だった。
俺は思わず笑いがこみ上げてきて、声を出して笑ってしまう。
智くんも、ふふふと笑う。
「おっかしいね。なんか」
「うん。おっかしいね」
二人で笑いあった。
車内の空気がほぐれたので、ほっとした。
それから警官が交通整理を始めて、渋滞がどんどん解消していって、職安通りを出られた。
渋滞を抜けると、また沈黙が車内に横たわった。
智くんはまた押し黙って、窓の外を見ている。
車を西新宿に向ける。
その時、智くんの腕が俺の肩に乗った。
そして耳元で囁く。
「ホテル、いこ?」