第29章 ラズベリーscene4
翔ちゃんのお父さんは身じろぎせず、俺を見つめている。
コーヒーが二個運ばれてきた。
静かにお父さんはそれに口をつける。
俺もタバコを消して、コーヒーを飲む。
ここのコーヒーはとっても美味しいのに、やっぱり味がわからない。
「…大野君」
「はい…」
「単刀直入に言おう。翔と別れてくれないか」
そう言って頭を下げた。
「え…?」
そこから先は、ぼんやりとしか覚えていない。
気がついたら翔ちゃんのお父さんは帰っていた。
翔は、櫻井の跡継ぎなんだ。
普通の結婚をして、跡継ぎを作ることが幸せなんだ。
君たちに未来は残せない。
なぜなら、男同士だからだ。
だからここで、傷が浅いうちに別れた方がお互いのためだ。
君たちの仕事にも関わってくる。
わかるね?大野君。
こんなことを言っていたように思う。
喫茶店を出るとき、お金を払おうとしたらもう済ませてあった。
俺は夕飯を買うのも忘れて、翔ちゃんのマンションに戻った。
そのままマンションの隣の森に入った。
もう森のなかは真っ暗で。
でも俺はいつもスケッチするベンチ代わりの石に座った。
そのまま、そこから動けなかった。