第29章 ラズベリーscene4
翔ちゃんはリビングのソファで、膝を抱えて座っていた。
帰ってきたまんまの格好だった。
そのまま考え事を始めてしまったから、そっと家を出たのだ。
「翔ちゃん?」
「うん…?」
「晩御飯、買いに行ってくるね?」
「あ、一緒に…」
「ううん。いいよ?俺、行ってくるね」
翔ちゃんの家の近所には、スーパーがあるから、手頃な惣菜を買える。
俺は一人で出かけた。
スーパーに着く前に、前方から見たことのある人が歩いてきた。
俺が見ていることに気づくと、その人は頭を下げた。
白髪の混じった髪の毛を、きちっと撫で付けている。
眼鏡の奥の瞳が誰かに似ていた。
「あっ…!」
「やあ、大野君」
「翔ちゃんの…」
「覚えててくれたかな?」
「はい…お久しぶりです…」
スーツのジャケットを手に持って、お父さんは立っていた。
「どこかで話しをする時間はあるかな?」
子供に話しかけるように聞いてきた。
「あ、はい…」
もう会うのは10数年ぶりだ。
仕事が忙しくて、コンサートにもこれなかった。
「じゃ、行こうか…」
そう言って、俺の先に立って歩き出した。