第29章 ラズベリーscene4
家に帰ると、翔ちゃんはリビングで誰かと電話していた。
思わずそっと聞き耳を立てる。
「父さんが…?」
その単語だけ聞こえた。
お母さんだろうか。
そこから翔ちゃんの声は小さくなってしまって。
なにも聞こえなかった。
…神様…
電話が切れても、翔ちゃんはそこにずっと立っていた。
窓の外をじっと見て、何か考えているような背中だった。
一日中パジャマを着てるなんて珍しい。
普段はこんなことないのに。
俺はリビングのドアから入れなかった。
足がすくんでしまって。
どうして俺は翔ちゃんの力になれないんだろう。
悲しい。
俺、翔ちゃんの旦那さんなのに。
そんな毎日がしばらく続いた。
俺はずっと毎日、朝と夕方に翔ちゃんのマンションの隣にある森に行った。
時にはスケッチブックを持っていった。
翔ちゃんが押し黙って考え事をしていることが多くなったから。
邪魔しないようにスケッチに出かけた。
でもあんまり遠くに行く気にもならなくて、よくお稲荷さんの森にきた。
ごめんねと断ってから、お狐さんを描く。
もう何枚描いたかわからない。