第5章 7月
胃の中身を全部吐いたら、胸の奥でぐるぐる渦巻いていた気持ち悪さが大分すっきりした。
そして意外な事に赤葦さんは私がみっともなく吐いている間、ずっと隣で支えてくれていた。
「…あっ、あの」
研磨からもらったミネラルウォーターで口の中をきれいにゆすいだ後、トイレの出口の壁に寄りかかっていた赤葦さんに頭を下げた。
「その…ご、ごめん…なさい」
「体調悪いところ木兎さんが引っ張り回したせいでしょ。君が謝る必要ないよ」
いくら謝るなと言われても初対面の人にこんな汚いものを見せてしまったのだから、申し訳無い気持ちでいっぱいだった。
「…で、でも……」
「気にしないで。家で飼ってる猫がよく吐くから、慣れてる」
先程までと変わらない、感情の見えない目と落ち着いた声のトーン。最初は怒ってるのかとさえ思っていたその顔のまま、赤葦さんは優しく私の頭を撫でた。
猫の毛並みを整えるような、そんな手つきだった。
「……また、猫…」
木兎さんに続き赤葦さんにまで猫扱いされた私は、口をすぼめながらもその手を振り払うことはしなかった。
「何、不満なの?」
その時、繰り返し私の頭を撫でる手が僅かに耳を掠めた。
思わぬ刺激に肩がびくりと跳ねる。
「…ほら、やっぱ猫みたい」
何か言い返したかったのだけど、上手く言葉が出てこなくて。
もごもごと言い淀む私を見て、少しだけ赤葦さんの口角が上がった気がした。
色っぽいその顔に不覚にもドキドキしてしまい、顔が熱くなる。