第4章 6月
猛虎さんがそのスポーツバッグから取り出したのは、銀色のリングで止められた7つの単語帳だった。表紙にはそれぞれ物理、世界史、地理、生物、化学、古文、家庭科と書かれている。
「福永特製のダジャレ暗記カードだ。一年前のだがテスト範囲なんて今もそんな変わんねえだろ」
「おおおおお!福永さん、すっげぇッス!!」
犬岡くんの全力投球の賞賛にも眉一つ動かさない福永さん。猛虎さんの後ろでチョキチョキとお決まりのポーズを取ってる。
芝山くんが世界史の単語帳を手に取り、ペラペラとめくる。
「《いーな伯爵、バス停で襲撃》…1789年の年号と同時に、伯爵が特権階級の貴族を、バス停で襲撃がバスティーユ牢獄襲撃事件を表すんですね!」
今の解説が無いとよくわからなかったけど、たしかに語呂合わせは凄いかも、と素直に感心する。
「だろう?俺はコレを1教科500円で買ってる」
「猛虎さん、すっげぇッス!金で解決ってなんか大人っス!」
「ハッハッハ!そのせいでテスト前はいつも金欠だ!」
7個で…えっと、…3500円か。でもそれで赤点回避できるなら確かに買う価値はある!
「スゴい高いッスね…なんか申し訳無い気が…」
リエーフの言葉を猛虎さんは遮る。
「オマエら下手くそ1年が合宿来ねえと、これからの音駒は始まらねえんだよ!だからいいか、ぜってえ赤点なんか取んなよ?」
「猛虎さん、カッコいいッス!」
「はい!カッコいいです!」
「まさに漢ッス!」
私も小さくパチパチと拍手を送る。
その時仁王立ちの猛虎さんと目が合った。一瞬目が合っただけなのに、猛虎さんは慌てたように目を逸らすと「あ……あ…」と何か言いたそうにワサワサと不審な動きをしていた。
私たち1年は呆気にとられてそれをただ見ている。
暫くして謎の動きも収まると猛虎さんは俯いて何か言った。
「………あと、鈴さんに合…来て…もら…た…です」
小声&早口でよく聞こえなかったけど、名前を呼ばれた気がしたので、私はコクコクと頷いた。
「生きてて良かったああああああ!」
(…!?)
叫び出す猛虎さんに駆け付ける店員さん。次騒いだら出入り禁止にすると釘を刺されてしまった。みんなで謝ってとりあえず許して貰ったけど気をつけなければ。
でも暗記系の教科は何とかなりそうで、私は少しホッとした。