第3章 5月
―灰羽リエーフと特訓―
「試合、凄かったなー」
誰もいない体育館の床に大の字で寝そべった灰羽リエーフが、天井を見つめながらそう言った。
相手のコートにただ強いボールを打てばいい。バレーなんてそんな簡単なスポーツだと、つい最近まで彼は思っていた。
3月まで通っていた中学には男子バレー部など無かった。体育でバレーの授業がある時は高身長で運動神経の良いリエーフのいるチームが常に勝っていたから、そんな思い上がりも仕方のない事だったかもしれない。
ベンチにも入れず観覧席から初めて見る公式の試合。そこで繰り広げられる戦いは、体育の授業でやったバレーボールとは全く別物に見えた。
当たったら怪我するんじゃないかって速さのスパイクが飛び交い、どのチームもそれを平然とレシーブする。
自身の所属する音駒高校バレー部の試合を見た感想は、なかなかボールを落とさないなと、そう思った。強さとは何か違うような気がするが、絶対的なエースがいる訳でも無いのに、公式戦1日目は1セットも落とすことなく勝ち進んだからやはり強いのだろうとも思った。
「…黒尾さんって本当に上手いんだな」
「音駒の攻撃を支えてるのは研磨」と同じクラスでマネージャーの鈴は言っていた。
孤爪さんは注目して見れば凄いのかもしれないが、リエーフには具体的な凄さがよくわからなかった。
それよりも目を惹くのは、敵を欺く様な多彩な攻撃を仕掛ける、主将の黒尾だった。
リエーフの大きな独り言はまだ続く。
「でもやっぱ相手のエース、強かったなー」
関東大会予選、2日目。
前年度で余り良い成績を残せなかった音駒は、今大会シードの梟谷学園と当たった。
試合はフルセットまでもつれ込んだが、最終セットその日絶好調だった梟谷のエースにじわじわと点差を広げられ、そしてそのまま音駒は負けた。
負けてみんなが悔しそうな表情をしてる中、灰羽リエーフは思った。
俺も、あんなスパイクが打ちたい。
「あー!ちくしょーーーッ!!」
いきなりの大きな声に、体育館の隅で座り込んでうつらうつらしていた黒尾鈴は、手に持っていたペットボトルのお茶を落としそうになってしまった。
「……俺も行きたかったあ!合宿ううう!」