第2章 4月
「…っだからあの日はなんも無かったって言っただろ!」
「お母さんの帰りがあと10分遅かったとしても…おんなじ事か言えるの?」
ピシャリと、静かに、力強くオフクロは言い放つ。
自分が熱くなってしまった事に気付かされた。
言葉を返せないでいると「まあ鈴ちゃんは可愛いから仕方ない事かもしれないわねー」なんておどけてみせるから余計に腹が立つ。
「それで、なんで家を出ねえといけないんだよ」
苛立つ俺を見て勝ち誇ったようにニヤリと笑ったあと、
「そうね…鈴にはいろいろとあったじゃない?」
オフクロは静かに話し始めた。
「家にも学校にも居場所が無い、地獄みたいな毎日から、アンタと研磨くんが救い出した。そのせいで今も鈴の世界じゃアンタ達の存在が凄く大きい。アンタ達の言うことには否定できないし、なんでも受け入れる。」
それはいつに無く真面目な話だった。
「…例えばだけど、アンタが死ねって言ったら鈴ちゃん死ぬんじゃないかな。馬鹿みたいだと思うでしょ?…それくらい影響力があるのよ」
「…そんなことッ!」
否定したいのに、それができない。
鈴はとても純粋で、優しい。そのせいで必要以上に自分を責めてしまうことさえある。
「まだ高校生の鉄朗が鈴の人生まで背負う必要は無い。それは私達大人に責任があるのよ」
真っ直ぐに俺を見据えるオフクロ。
こんな真剣な表情は初めて見る。
「それに鈴もアンタに依存しっぱなしじゃこの先心配でしょう。鈴のためだと思って兄離れしなさい。そんでアンタも青春でもしてればいいのよ、高校生なんだから」
最後だけなぜか、青春しろなんて馬鹿みたいなこと、さも当たり前の様にあっけらかんと言っていた。
でもオフクロの言うことが正しいのは何となくだが、確かにわかる。
「鈴が家に来た日、あの気持ちに変わりはないだろうね?」
鈴が家に来た日、オフクロに向かって俺は言ったのだ。
『俺が絶対、鈴を幸せにする』と。
「ああ。今でもそのつもりだ」