第6章 7月下旬
校舎に入って女子と男子で別れる直前、階段の踊り場で鉄朗に呼び止められた。
「荷物置いたらすぐにアップ始めるから俺らは第二、烏野は第一体育館に集合な。それと一試合目、Aコートの審判ってできるか?」
元気よく二度頷くと頭に大きな手が伸びてきて、遠慮がちに私の髪の毛にふわり。
触れるかと思った瞬間に「話終わったの?」と研磨がひょっこり現れて、鉄朗の手は光の速さで引っ込んだ。
「なんだよ研磨、ビビらせやがって」
「鈴大丈夫?クロにやらしいコトされなかった?」
おでこがぶつかりそうな距離でそんなこと言うから、いくら研磨が相手でも少し恥ずかしい。
「そ、そんなこと、無い。…大丈夫」
私が尻すぼみに答えると「なら良いケド」って近かった顔がすっと離れて、代わりにぽふぽふと頭を撫でてきた。研磨に頭撫でられるのはなかなか珍しい。
「ねえ…手、貸して」
そう言うと研磨はポケットから赤色の何かを取り出してするりと私の手に着けてくれた。それはシリコン製のブレスレットで、微かにハーブみたいな薬みたいな不思議な香りがした。
「何、これ?」
「虫よけブレスレット。鈴に悪い虫が寄って来ないように、ね」
「おい研磨、何で今俺を見た」
「……別に」
今時はこんな物があるんだなと思いつつ、研磨が私の事を気遣ってくれるのが素直に嬉しくて、ついつい顔がほころんでしまう。
「鈴ちゃん!荷物置くのって2-3でいいんだよね?」
階段の上から仁花ちゃんの声がしてハッとする。
「呼び止めちまって悪りぃ」
鉄朗が困った様に頭を掻いて、研磨もそれに頷く。
階段を4段、駆け上がったところでくるりと振り向いた。
「研磨、ブレスレット…ありがとう!それと、二人とも試合、が、頑張って…ね?」
「あったりめーだろ。鈴こそ無理すんなよ」
びしりと親指を突き立てて見せる鉄朗。
「……クロの言う通り」
照れてそっぽを向いたまま、ぼそっと呟く研磨。
二人の優しさに背中を押されて、私は軽い足取りで再び階段を駆け上がる。