第5章 7月
痣が嫌いだった。そのグロテスクな色も、その記憶も。痣を見る他人の視線も嫌いだった。好奇の、嫌悪の、温度の無い目。
自分の身を、心を守るため、私は許される限りジャージという鎧を纏っていた。
新しい家に来て初めての夏。養子縁組の手続きが終わって新しい中学への入学が決まるまで、そのほとんどをクーラーの効いた家の中で過ごした。黒尾家リビングのクーラーの設定温度は少し低めの26℃。何も問題はなかった。
二回目の夏も鉄朗と研磨と同じ音駒に行く為に必死で勉強してたから、やっぱり長袖の制服とジャージしか着てない。
そして今年の夏。
バレー部のマネージャーとして過ごす夏。
体育館の蒸すような暑さに、ジャージで耐えるのは厳しいと薄々気付いてた。
別にジャージにこだわりがあるとかじゃなくて、2年以上この格好だから、脱ぐタイミングを見失ったとか、今さら可愛い服が恥ずかしいとかそんな感じで。
いつまでもこのままではいられない。
変わらなきゃいけないし、変わりたい。
「私ね、もう…ジャージやめる」
鉄朗が驚いて、細いその目を一瞬見開く。
「リエーフが言ってたことなんて気にしなくていいんだぞ、だいたいアイツは鈴の…」
「クロ」
勢いづいて少し早口になる鉄朗の言葉を、研磨がぴしゃりと遮った。歩みを止めた研磨につられて、3人分の足音が鳴りやみ、どこかの犬の鳴き声だけが遠くに聞こえた。
「…鈴が自分を変えたいって、考えて決めたことだよ……クロはそれを止めるの?」
「そうじゃねぇよ。俺が言いたいのは無理はしなくていいって事だ」
「鈴、無理してるの?」
研磨の問いかけに私は首を横に振る。
「…いつまでも守ってもらうの、ずるいと思うの」
ジャージにも、2人にも。
「あと…暑いし」
私がポツリとこぼすと「それは確かに、そうだよなぁ」と妙に納得したような口振りで鉄朗が言って、誰からともなく笑いが零れる。
私も少し笑った。
すっかり暗くなった夜の道に、白い月が高く登っていた。