跡部様のクラスに魔王様(Not比喩)が転校してきました。
第6章 鋭い視線が付け狙う
「岐志先輩……」
「優花さん……」
しっかりと切りそろえた日本人形のような黒髪は、登校した時やテニスをする時は1つに結んでおりますが、今はさらりと流しており、活発さよりは清楚な印象が目立っておりました。
「跡部様はお優しいから、この世界に不慣れなあの転校生にもお優しくしていらっしゃるだけ……ですから私達、妬み心を露わにするよりも、お心の広い跡部様に惚れ直しましょう?」
大きな黒い瞳は、優しげに微笑んで少女達を見つめ――嗚呼、けれど。
その目が僅かに潤んで、深い苦しみと葛藤に揺れているのに、同じ恋をしている少女達が気付かぬ筈はありましょうか。きっと彼女、岐志さんは誰よりも、己に言い聞かせていたに違いないのでございます。
ただ、それに気付いたとしても、そして彼女をさらに苦しめるとしても、心に宿る気持ちを口にしてしまうのは、やはり少女達のまだ若く、熱い心ゆえ。
「岐志先輩は、それでいいのですか? ……もし、跡部様が……」
「もしも、もしも跡部様が望むなら……」
その先は、もう言葉になりませんでした。震える唇はただ、瞳を揺らす涙を流さぬためだけに噛み締められて。
「ああ、もうこんな時間。さ、今日はお仕舞いにして、皆様お部屋に戻りましょう?」
はっとそれに気が付いた、もう1人の3年生の少女が後輩達を促しながら立ち上がり、少女達は手際よくテーブルを片付けて行きます――持ち寄ったお菓子は、殆どが手つかずでございましたが。
「おやすみなさいませ、皆様」
「ええ、おやすみなさい。明日も、頑張りましょうね」
そっと囁き交わしながら談話室を出ていく少女達の最後尾にいた岐志さんに、先程皆を促した少女はそっと微笑みかけて、華奢ながらもしっかりと鍛えられた手を取っておっしゃいました。
「明日も、高等部の方で朝練なのでしょう? 頑張ってね、優花さん」
こっそりと滑り込まされたのは、レースで縁取られたシルクのハンカチーフ。仄かに香るのは、心を落ち着けゆっくりと寝られるラベンダーのアロマオイル。
ありがとう、と涙声で呟き、後輩達に気付かれぬようハンカチを目に当てる岐志さんに、同志ですもの、と少女は温かに頷いたのでございました。