跡部様のクラスに魔王様(Not比喩)が転校してきました。
第5章 魔すら魅了する其の名は――!
その日は高等部の卒業を控えた越知月光選手が、後輩指導にとテニス部を訪れ――正レギュラーと準レギュラー全員を前にして、跡部様と試合形式での練習を行っておりました。
越知選手の稀に見る長身から繰り出される、目にも留まらぬ豪速のサーブを、跡部様が迷いなく地を蹴ったかと思えば両手で構えたラケットを鋭く振り抜いて返されます。的確に、それでも越知選手のパワーに押されて僅かに甘く入った打球を、長いリーチを生かして回り込んだ越知選手が鋭くコートの端へ飛ばし、跡部様は風のようにそれを追われました。
ネットを挟み駆け抜ける2人の姿は、最上級の武術魔術芸術に触れてきたものの、テニスについては何一つ知らない魔王の紅の瞳にも、大変素晴らしいものに感じられました。それは――魔界に美貌並びなく身のこなしに優れた夢魔族の群舞よりも、4振りの刀を同時に使いあっという間に敵を斬り刻む蟻人族の剣戟よりも、何よりも美しく、また激しいものに思えたのです。
縦横無尽にコートを駆け球を追う2人を食い入るように見つめていた魔王は――次の瞬間、さらに驚愕にその目を見開き、何か言おうかというように唇を震わせ、けれどそれは声にはなりませんでした。
跡部様のスマッシュが、越知選手の死角に綺麗に、そして強烈に突き刺さったその瞬間、魔王は感じ取ってしまったのです。
その死角を示すかのように弾ける、春の日差しとは裏腹に冷たく輝く氷柱を。
顔の前にかざした手の向こうで蒼く細められた瞳が、もはや人間業とは思えぬほどに相手の全てを見透かしているということを。
それは、コートに君臨する、まさに氷の王でございました。
かつて跡部様は、欧州の人には劣る身体能力を補うために、血のにじむような努力によって人知を超えたかのような観察眼を手に入れたのだと言います――無論越知選手とて、己の優れた体躯のみに頼るわけではなく、研鑽を詰み努力を惜しまぬ素晴らしい選手なのは確かでございますが、それでもまるで、かつてダビデ王が巨人ゴリアテに立ち向かった昔話のようだと思ってしまうのも、無理からぬことと言えましょう。
とはいえ、異世界より来たりし魔王がそれを知っているわけではないのですが――。
――ピピ……カシャリ。