跡部様のクラスに魔王様(Not比喩)が転校してきました。
第5章 魔すら魅了する其の名は――!
レギュラー用のコートから聞こえるボールの弾む音に、魔王は水戸さんの後に続いて歩みを進めながら、緊張した様子で耳を傾けておりました。
(……確かに、余の知っている武術の音ではない……しかし、ならばあの予言は……)
――魔王ディオグラディア・ベルジャナール・ゴーディスヴェイン、仮に志半ばで命落とすならば、それはただ一度――
「ゴーディスヴェインさん?」
水戸さんが不思議そうに振り向いて声を掛けたところで、ようやく魔王は自分の足が止まっていたことに気付いたのでございましょう。はっと顔を上げまして、にこりと笑みを作ってみせます。
「大儀ないぞ。……跡部景吾は、てにすの名手なのか?」
「ええ、そりゃもう。U-17……17歳以下の選手の世界大会にも、日本代表で出てますからね」
「成程な」
自分達を率いる跡部様が誇らしくてたまらぬ、という様子で胸を張る水戸さんに、興味深げに頷きながら、魔王はそっと不自然にならぬよう、拳に力を込めました。
(……震えておる。この余が。生まれて5年にして、光の精霊王の加護を受けた勇者との一騎討ちに勝利した余が……)
魔王と言えど年頃の少女、けれど年頃の少女と言えど魔王。
いくら心を許しつつあれどただの人間の少女に、己の手が恐怖によって震えているところなど、見せるわけにはいかなかったのでございます。
嗚呼、けれど。
コートを訪れた魔王は、恐怖からでは全くなく、その手が震えるのを止める事ができなかったのでございます。
「美しい――」
魔界で最も高位にして強き者でございますから、手練れの戦士も魔術師も、美貌の人間や魔族も、最高級の音楽や舞踏、芸術も、いくらだって魔王は見たことがございます。
けれど、そのどれよりも強い感動が、そこにはございました。