跡部様のクラスに魔王様(Not比喩)が転校してきました。
第5章 魔すら魅了する其の名は――!
とはいえ跡部様と戦っているのは、神話の暴虐たる巨人ではなく優しくも強く優れたテニスプレイヤー、越知選手でございます。
審判を務めていた高等部テニス部の顧問が終了を告げたのは、先に6ゲームを取っていた跡部様に、越知選手が跡部様のサービスゲームをブレイクして追いついた時でございました。
跡部様がタイブレークへと突入すれば、長くなるのが常――跡部様と越知選手、互いの鍛錬でもあり、また他の選手達に見せるための試合でもあれば、無理に決着を付けることもなかろうとの判断でございましょう。
「あれからまた、強くなったな」
そう言って手を差し出された越知選手としっかりと握手を交わしてから、コートを後にした跡部様の元に、思わず魔王は駆け寄っておりました。
「跡部景吾……!」
「見てたのか? ディオグラディア、どうだったよ?」
汗を拭いながら魔王に尋ねる跡部様は、大変誇らしげでいらっしゃいました。練習試合でございましたし、また勝利を飾ったというわけではなくとも、跡部様自身納得のいく試合だったのでございましょう。
さらには魔王の表情からも、良き試合と思わせられたであろうと確信されたのかもしれませぬ。
けれど、魔王の方はそれに気付く余裕もなかったようでございます。
「跡部景吾……汝は、魔法が使えるのか?」
「……は?」
ああ、流石の跡部様も、その言葉にはきょとんとしておいででした。けれど、魔王は襟首を掴まんばかりの勢いでさらに言い募ります。
「余はこの世界の住人は、魔法が使えぬと聞いておる。元より魔力というものを、その身に宿しておらぬのだと。だが、あれが魔法でないなら何なのだ? あの氷柱は。汝のあの瞳は……魔法でないなら、一体どうしてあのようなことが出来るのだ!?」
その言葉に、必死に尋ねる魔王に、跡部様は嬉しそうに、本当に嬉しそうに、そして誇らしげに笑って、右手に持ったラケットを魔王に示して見せました。
「ディオグラディア、これは魔法じゃねぇよ。これが――」
「――テニスだ!!」
魔なる王に己が王権の名を、高らかに宣言する氷の王――けれど、その光景すら、敵意を込めた視線は注がれていたのでございます。
そして、さらに――。
――ピピ……カシャリ。
魔王に向けたデジタルカメラの持ち主は得たりとばかりに笑みを浮かべていたのでございます――。
