第8章 芽生えた感情【トド松、おそ松】
「…そっか。じゃあ僕、君の彼氏に酷いことしちゃったね」
「!」
「事情はどうあれ、部外者が首を突っ込むことじゃなかったでしょ?なのに僕、何も考えずに先走っちゃった。本当にごめん」
…だめだ。うまく言葉にできない。
彼女を助けたいと思う気持ちは本物なのに。それを伝えるのは、きっと許されないんだろう。
だったら、もう僕の出る幕なんて…
「違うの、トド松くん!」
……え?
彼女が泣きそうな顔で僕を見る。…どうして。
「違う…違うの。確かに一年前までは付き合ってた。でも今は恋人じゃない」
「…つまり、元カレってこと?」
僕の問いに、彼女は静かに頷く。嘘を言っているようには見えない。慰めでもない。
…なんだ。そうだったのか。
安堵する。一気に体の力が抜けた。
でも、それじゃあどうして。
「別れたのに、何の用だったの?」
「…分からないの。公園で休憩してたら、突然現れて…話がしたいって、無理やり腕を掴まれて…」
「……あいつのこと、嫌いなの?」
「……うん、大嫌い」
「そう…」
¨大嫌い¨、か。
どうして別れたの、とか、何があったの、とか、聞いてみたいことはたくさんある。
でも、それより、今僕の目の前で泣きそうになっている彼女が、どうしようもなく愛しく感じて。
僕は、彼女の体を引き寄せ、そっと抱き締めた。
「…!」
彼女がびくっと体を震わせる。驚くのも無理はない。だってかくいう僕も、どうして彼女を抱き締めようと思ったのか、よく分かっていないんだから。
ただ…なんとなく、こうしなきゃいけない気がして。
「絵菜ちゃん…」
耳元で、彼女の名を呼ぶ。そして、さっき僕が彼女にしてもらったように、優しく背中を撫でた。
まるで、泣いてる子供をあやすように。もう大丈夫、と言い聞かせるように。
「…トド松、くん…」
そうしているとだんだん心が落ち着いてきたのか、彼女は僕に体重を預けてきた。
…きっと、絵菜ちゃんに聞こえてるだろうな。僕の心臓の音。
全部、こうして伝わればいいのに。温もりを通して、君の気持ちも、そして…
僕の気持ちも。