第8章 芽生えた感情【トド松、おそ松】
どれくらい走っただろうか。無我夢中で走り続けていると、絵菜ちゃんに「トド松くん!」と呼ばれ我に返り、ようやく足を止める。
「はぁ…っはぁ…っご、ごめん絵菜ちゃん、僕とにかくあいつから逃げないとって必死で…だ、大丈夫…?」
「う、うん…私は平気。トド松くんこそ…」
「あ、あはは…こ、こんなに全速力で走ったの、久々だから…普段からもっと…鍛えておくべきだったね…はぁ…」
肩で息をする僕の背中を、絵菜ちゃんが心配そうにさすってくれる。…なんだか、落ち着くなぁ。
それより、あいつは…追ってきてはいないみたいだ。というかここ、どこだろう?
道も確認せずがむしゃらに走ってきたせいで、場所が全く分からない。どこかの裏通りみたいだけど…
…ううん、そんなことより。
「絵菜ちゃん…さっきの男、誰なの?」
「えっ…」
「ただの喧嘩にしては険悪な雰囲気だったし、君がすごく嫌がってたみたいだったから…友達?赤の他人?」
「…そ、れは…」
「もしかして…恋人?」
彼女は口をつぐんでしまう。…図星、なのかな。
あれ…なんでだろ、なんだか胸が痛いや。
彼女に恋人がいないと決めつけていたわけじゃない。お互い恋愛の話は一度もしてこなかった。だから可能性なんて十分あったんだ。こんなに可愛くていい子なら、なおさら。
自分だって、彼女こそ作ったことはないけれど、女の子には免疫があるほうだ。愛想をつかれたことだってある。だから今さらショックなんて受けるはずがないのに。
…なんでこんなに、辛いんだろう。