第1章 悪夢の再来
それから。
暫くの時を2人で穏やかに過ごし、やがてノエルは彼と別れる。
「それじゃあ明日ね」
「あぁ、誰よりも先に君にお祝いを言うよ」
「楽しみにしてるわ。じゃあ!!」
最後にもう1度唇を重ね、愛を確かめ合うと彼女は軽やかに駆けていく。
その姿をじっと見つめていたウォーレンは、やがて誰に言うつもりもなく呟いた。
「………終わらないさ、この風習は」
彼には恋人にも話せない秘密があった。
その秘密ゆえに、彼女と恋仲になることも諦めていたのだが、ノエルの真っ直ぐな想いに触れて結局結ばれたのだ。
しかし、この日々もそう長くは続かないことも分かっている。
「俺は、狡い男だ…」
それでも、限りある日々を彼女と過ごしたい。
愛する彼女が生きるなら、他の娘が犠牲になっても仕方ないとさえ思ってしまう。
己の幸せのために、他を不幸にする。
自嘲気味に笑ったウォーレンは、やがて暗い森の中へと姿を消した。
***
夜も更けた頃、ノエルは自室へと戻ってきた。
あれから無事帰宅し、レッスンを抜け出したことの形だけの説教を聞き、義姉と恋人との語らいについて話した彼女は満足げだ。
もう少しで日が変わる、それはつまり己が18年生きたことになる。
それは特別なもののように思えるが、実際は特に変わらない生活を過ごすだけだ。
いつものようにベッドに身を沈めようとしたその時、ノエルは枕元に何かが置いてあることに気付いた。
それは、一輪の赤い薔薇。
血のように、炎のように赤い、美しき花のそばにメッセージカードが添えられている。
“今宵、その身を捧げてもらう”
「……っ!?!」
その意味が分からないほど、彼女は愚かではなかった。
この夜に、その言葉が告げられる人間はこの村でただ1人。
生贄に選ばれた娘だけ。
「……、誰っ?!」
窓の外で鳥が羽ばたいた。
同時に開け放たれた窓に、誰かが佇んでいる。
それは美しい男性だった。
不気味なほどに整った顔立ちで、その肌は血がないように真っ白で。
思わず目を奪われてしまう容姿のその青年は、ノエルを見て緩やかに微笑む。
「迎えに来たよ、今年の生贄の君を」
遠くで、日付が変わる鐘の音が聞こえた。