第13章 夏休み合宿~四日目~。
アレ…と呟いて、クロは考え込んだ。思い出したのか、すぐにアレか!と笑った。その顔は、いつもみたいにちょっと意地悪そうだった。
クロはスッと床に片膝をついた。そして、右手をそっと差し伸べる。
「ほらよ、お姫サマ?」
おどけたように言うそれが面白くて、私はけらけらと笑った。そして、クロの手をゆっくりと取った。昔みたいに手を繋いだまま、私たちは歩き出した。
『んー、じゃあクロは白馬の王子様?』
「いや、黒い馬じゃねえ?」
名字からして黒だろ、とクロは笑った。そもそもクロは王子様には向いてないと言うと、頭を小突かれた。
「困ったら姫サンだな、アカリは」
『クロは王子様よりも、衛兵に向いてるよ』
「下っ端じゃねーかよ!」
せめて宰相とかにしとけよ!と憤慨するクロがあんまりにも面白かったから、また笑った。そして、言葉を続けた。
『あれだよほら、他国と戦争とかになるじゃん。そしたら、王族の盾になって真っ先に死んじゃうやつ』
「ひでー。それはマジでひでー」
『でも、お姫様は優しい衛兵が大好きだったから、その亡骸に泣いてすがるの。三日三晩、泣きながら、ずっと、ずっと。ごめんなさいって。護ってくれて、ありがとうって』
クロは何も言わなかった。
私は空を仰いだ。時々、思うことがある。ここ以外にも世界は広がっていて、別の世界があるんじゃないかって。そこでは、同じように色々な人がいるんだって。
「…それ、本の読みすぎじゃねー?」
『なっ、悪かったわね、メルヘンチックで』
「いんじゃねーの?お前も女子だし、な!」
『きゃっ!』
な!のところで、クロは私を抱え上げた。背中と膝裏に手を差し込んで。俗に言う、お姫様だっこである。
「うっし、走るぞー!」
『クロ、下ろして!下ろしてえぇぇぇぇ…』
ドップラー効果、すごい。風をきるのが気持ちよくて。クロと笑い合うことが楽しくて。私は気付かなかったんだ。
クロの目が、一瞬、陰りを帯びたことに。
(もし、アカリが姫で、俺が衛兵で。俺が庇って、盾になって死んだら。そしたら、お前は泣いてくれんのかな。俺の為だけに…)
誰も知らないそんな思いは、夏の空に吸い込まれていった。蒼い、蒼い空に。